ペキニーズ
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- 被毛・毛色
- 様々な色があります。
分厚い下毛と、長くて硬めのまっすぐな上毛で覆われており、たてがみが首から肩の辺りまで広がっているのが特徴的です。
- 原産地
- 中国
- 体高
- ♂ 15.0〜23.0cm
♀ 15.0〜23.0cm
- 体重
- ♂ 6.4kg以下
♀ 6.4kg以下
- 分類
- トイ(AKC)
トイ(KC)
第9グループ(JKC)
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ルーツ
ペキニーズの起源については不明の部分が多いが、祖先はヨーロッパの小型スパニエルで、シルクロードや他の交易ルートを経て中国に伝わったものと思われます。
チベットから献上されたラサ・アプソ関与説も根強いです。
ペキニーズが特殊な体形と独特の性格を持つのは、中国での育種の歴史が特異であった事によります。ペキニーズは中国歴代帝国宮廷内の限られた領域で限られた人物によってのみ飼育され、文字通り門外不出の犬でした。
1000年以上に渡り、中国皇帝の独占物として育種され宮廷内で寵愛をうけてきた特殊な犬種です。8世紀の唐の時代には宮廷内の文書にすでにこの犬種の記述があり、宗、元の各時代を通じて飼育の記録が残っています。
ペキニーズに関しては現代の「犬種標準」にあたる規準が宮廷内で定められていて、規準に合わない子犬が生まれると淘汰されました。
ペキニーズに危害を加えた者は死罪になるなど、史上例を見ない厳しい管理のもとで繁殖が続けられました。
ペキニーズは宮廷内の神聖な寺院で飼育されており、仏教行事とも結びづけられ宗教的な役割を果たしていたとも言われています。特に、寵愛を受けた皇帝の柩を墓に導くのはペキニーズの仕事でした。1911年西太后の葬儀では「モータン」と言う名のペキニーズが柩を先導しました。1860年アヘン戦争時、イギリス軍が北京の宮廷に突入した際に、多くの犬の死体を発見しました。皇族はペキニーズが白人の手に渡る事を恐れ、自ら殺したものと思われます。
この時、皇帝の叔母の居室で叔母の死体と共に、生きた5頭のペキニーズが発見されたと言います。
この5頭のペキニーズがイギリスに渡り、ビクトリア女王の保護を経て今日までその種を保持する事となります。5頭の内フォーンとホワイトのパーティカラーの1頭がビクトリア女王に献上され、「ローティ」と名付けられて1872年までウインザー城で生存しました。
この後、ペキニーズはイギリスを経由して多くの国に紹介されました。
特異な風貌と個性を持つペキニーズはヨーロッパ諸国、アメリカで急速に人気を得て代表的な愛玩犬種となりました。
特にヨーロッパでは多くの他犬種の改良育種に影響を与え、短吻犬種ブームのきっかけを作った事で知られています。
犬種名には北京の地名が充てられました。
ペキニーズは古代中国で「獅子犬」「太陽犬」「袖犬」と3つの名で呼ばれていました。
ライオンのような後躯に向かって先細りの体形、太陽のような赤みがかった金色の被毛、袖に入るサイズとウェイト、これらは現在もペキニーズの犬種標準そのものです。
特徴
玉をころがすような魅力的なローリング(横揺れ)する歩様が特徴で、全身が長い被毛で覆われるがシーズーのように額にかかる事はなく、顔は黒い方が望ましいとされています。
人に媚びる事なく、自尊心が強く大胆、程度を超えた頑固さはこの犬種の由来と無関係ではありません。ペキニーズは皇族の衣装の袖に入って宮廷内を移動したと言われる「袖犬」ですが、愛玩犬でありながら「膝犬」「抱き犬」ではなく、抱かれる事を好まない独特の個性をもっています。